HOME > 院長BLOG > まったくの暴論~交通事故の後遺障害の裁判~

院長BLOG

まったくの暴論~交通事故の後遺障害の裁判~

2014.1.10 カテゴリー|その他

60代女性

8年ほど前に追突事故に遭いました。事故後全身のあちこちが痛くなり救急病院に入院しました。さまざまな治療を受けましたが症状が改善せず、特に右下肢の痛みとしびれがひどいため、事故から1年2か月後某大学病院で腰部脊柱管狭窄症と診断され手術を受けましたが、症状はむしろ悪化しました。

その後、同大学の整形外科教授からCRPS(複合型局所疼痛症候群)と診断されました。

事故から4年後、交通事故の後遺障害の裁判でお世話になっている弁護士さんからの紹介で当院を受診しました。

 

全身に20カ所くらいのトリガーポイントを認めました。トリガーポイント注射と加圧トレーニングで症状は一進一退を繰り返しながら徐々に改善していきました。

 

杖なしでは歩けないほど痛がっているのに、保険会社はこの痛みを事故の後遺症と認めませんでした。

保険会社の主張は「痛みは加齢による腰部脊柱管狭窄症が原因であり事故とは無関係」というものでした。

 

それに対して私は

「以前に多施設で行われたMRIで、腰椎に腰部脊柱管狭窄を認めましたが、それに対して手術が行われても、まったく症状が改善しなかったことから、画像上の腰部脊柱管狭窄と原告の症状は無関係であったと考えます。加齢変化は症状に影響を与えていません。」と反論しました。

 

しかし、それに対し保険会社側の鑑定医は

カルテの記録によると患者が右下肢痛を訴えたのは事故の1週間後であり、症状が悪化したのはさらに6か月後であり事故とは無関係な腰部脊柱管狭窄症の症状である。腰部脊柱管狭窄症が原告の症状と無関係という意見は、まったくの暴論である。」とこき下ろしてきました。

 

自分の意見を「まったくの暴論」と言われて、ちょっと頭にきたものだから、長文の意見書を書いて反論しました。

ちょっと長いのですが、全文載せます。

 

 当院で作成した回答書の内容に対して、「まったくの暴論」とされてしまったことに対して、反論させていただきます。

 回答書に記した「以前に他施設で行われたMRIで、腰椎4/5間に脊柱管狭窄症を認めたようですが、それに対して手術が行われても、全く症状が改善しなかったことから、画像上の腰部脊柱管狭窄と原告の症状は無関係であったと考えます。」の意見に対し、「まったくの暴論である」とされていますが、では、鑑定医の先生は、患者の症状が手術後まったく取れなかった理由をどう説明するのでしょうか?「T医大で行った手術が失敗した。」ということでしょうか。こちらの意見を「暴論」とこき下ろすならば、その点について明確な回答をするべきだと考えます。

 これまで、裁判の争点と異なること、前医の診断を否定することになること、などを理由に、診断書や意見書に書きませんでしたが、患者の現在の状態は明らかに線維筋痛症です。患者は診断基準に示された18箇所の圧痛点のうち14箇所に圧痛を認めるので、線維筋痛症と診断できます。

 現在患者は、右下腿~足の痛みとシビレの他に、頚部痛、背部痛、腰痛、殿部痛、股関節痛、大腿部痛、膝痛などほぼ全身の痛みを訴えています。これらは全て線維筋痛症による症状とすれば、説明がつきます。

 患者は、受傷当時から全身の痛みやしびれを訴えています。交通事故をきっかけにして線維筋痛症が発症したのでしょう。全身が痛い場合、患者は医師に対して、その時一番痛い部位を訴えますから、診療録に右下肢の痛みについてあまりかかれていなかったのは、当時は、右下肢痛よりその他の部位の痛みのほうが強かったからでしょう。けっして、右下肢痛がなかったということにはなりません。線維筋痛症は、適切な治療を受けなければ、症状が徐々に悪化していくことが多い病気なので、受傷後6ヶ月以上経ってから右下肢の症状が悪化してきたこともまったく矛盾のない経過だと言えます。

 線維筋痛症は医師の間にもまだあまり認知されていない病気であり、発症後ある程度の時間を経ないと診断が難しい病気なので、これまで診断を下されなかったのは致し方ないと考えます。右下肢のCRPSも、線維筋痛症による右下肢の激痛が発症の要因になっていると考えます。また、右下肢の痛みと痺れの主たる原因が、CRPSでなく線維筋痛症だとすれば、レントゲン上骨萎縮を認めないことも説明がつきます。

 この患者では、痛みや痺れなどの症状と、腰部脊柱管狭窄症などの構造異常は無関係であると考えています。右下肢の症状だけでなく、全身の痛みやシビレが事故きっかけで発症した線維筋痛症が原因です。右下肢痛だけでなく、線維筋痛症による全身の症状に対しての補償を請求するべきではないかと考えています。

 相手側の鑑定医の先生は、整形外科専門医で脊椎脊髄病医とのことですから、おそらく、腰部脊柱管狭窄などの構造異常がある痛みやシビレがご専門で、CRPSや線維筋痛症などの構造異常と無関係の痛みやシビレに対してはお詳しくないのでしょう。あるいは、痛みや痺れには必ず構造的異常が伴うとお考えなのかもしれません。でなければ「まったくの暴論」などという言葉が出てくるはずがありません。しかし、実際の臨床現場ではX線検査やMRI検査にまったく異常が無い(構造異常がない)のに、腰痛や下肢痛や痺れを訴える患者さんがたくさんいます。これら患者さんの痛みは、筋筋膜性疼痛症症候群(MPS)、CRPS、線維筋痛症などが原因です。この症例も、「事故がきっかけで線維筋痛症になり、全身の痛みやしびれが出た。経過とともに右下肢痛がひどくなり、MRIを撮ったら、たまたま症状とは関係がない腰部脊柱管狭窄がみつかり、手術をしたが、そもそも症状と関係ない腰部脊柱管狭窄だったので症状が取れなかった。」と考えています。鑑定をお願いするならMPSやCRPSや線維筋痛症などの構造異常を伴わない慢性疼痛の治療がご専門の先生に依頼するべきかと思います。

 結論をいうと、患者は交通事故がきっかけで発症した線維筋痛症と、それに伴う右下肢のCRPSです。事故にあわなければ、線維筋痛症が発症することはなかったと考えられるので、現在残っている全身の痛みやシビレの全てが事故の後遺症である診断します。

 

裁判ではこの意見書が採用され、原告は勝訴しました。

最近の記事

カテゴリー

月別アーカイブ